![]()

![]()
日渡奏良、24歳。
![]()
神父さまのイトコである彼は、笠原誠司の叔父である。
![]()
といっても、結び付きは限りなく薄い。
![]()
初めて顔を合わせた日は今から10年以上前、秋の木の葉が舞う季節だった……。
![]()
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
![]()
神父様 「は、初めまして!」
![]()
奏良 「……初めまして」
![]()
神父様 「…………」
![]()
奏良 「…………」
![]()
マザー 「……お2人とも、他に何か仰ることはないのですか?」
![]()
神父様 「い、いや……その、緊張してしまって」
![]()
奏良 「…………」
![]()
神父様 「え、ええと……中をご覧になりますか?」
![]()
奏良 「結構です。それより集合場所はここから遠いのですよね? 早く出発すべきではありませんか?」
![]()
神父様 「は、はい……そうですね」
![]()
マザー 「……お2人だけでは心配ですわ。私も会合に参加しましょう」
![]()
神父様 「良いのですか?」
![]()
マザー 「構いません。あの子には留守番をするように伝えて来ます」
![]()
神父様 「そう、ですね。誠司も一緒ですし、大丈夫ですよね……」
![]()
奏良 「……あの」
![]()
神父様 「は、はい!」
![]()
奏良 「……そのように畏まられると、困ります」
![]()
神父様 「す、すみません……」
![]()
マザー 「何か気になることがありましたか?」
![]()
奏良 「……いえ、もう結構です。中に用があるのですよね? どうぞ」
![]()
マザー 「そうですか。神父さまも、行きますか?」
![]()
神父様 「あ、はい……」
![]()
奏良 「…………」
![]()
神父様 「い、いえ! やはり、一緒にここで待ちたいと思います」
![]()
奏良 「…………」
![]()
マザー 「それでは、愛梨に伝えて来ますわ」
![]()
神父様 「お願い致します」
![]()
奏良 「…………」
![]()
神父様 「…………」
![]()
神父様 「……あ、愛梨というのは……ですね」
![]()
奏良 「はい?」
![]()
神父様 「あ、ええと……名前だけ話に出たので、気になったかと思いまして」
![]()
奏良 「…………ええ、まあ」
![]()
神父様 「そうですか! 愛梨の字は“愛”に“梨”と書きます。とても愛らしい子で、年は誠司より1つ下です」
![]()
奏良 「愛が……なし?」
![]()
神父様 「いえいえ。梨は有りの実とも呼ばれます。愛が実る、という意味です」
![]()
奏良 「なるほど。お子さんが2人いるとは知りませんでした」
![]()
神父様 「い、いえ、違います。彼女は、天からの贈り物なのです」
![]()
奏良 「……?」
![]()
神父様 「丁度今頃の時期です……運命の導きといいますか、とにかく私にとっては誠司と同じく、かけがえのない存在です」
![]()
奏良 「天からの贈り物……ですか」
![]()
神父様 「ええ」
![]()
奏良 「少し……ですが」
![]()
奏良 「羨ましいと、思います。もっとも……そんなことを感じたことがないので、正しい表現か分かりませんが」
![]()
神父様 「日渡くん……」
![]()
奏良 「梨……有りの実、これは良いことを聞きました。今まで私は利用できる木、利益になるような木……だと思っておりましたが」
![]()
奏良 「愛が実る木ならば、それは素敵でしょうね」
![]()
神父様 「ええ、そうなんです!」
![]()
奏良 「……まあ、実際にそのような木を確かめたことはありませんけれど」
![]()
神父様 「おや……ふふ、そうですね。でも見ることが出来れば、と思いますよ」
![]()
マザー 「お待たせしました。……あら、何か良いことがあったのですか?」
![]()
神父様 「え?」
![]()
マザー 「お2人とも、先程よりずっと良い顔をしていますから」
![]()
奏良 「…………」
![]()
神父様 「分かりますか? 実は……」
![]()
奏良 「そろそろ出発しましょう。本当に間に合わなくなります」
![]()
神父様 「おっと、そうでした。神父様が遅刻してはいけませんよね」
![]()
奏良 「……私はまだ、見習いですが」
![]()
神父様 「心はそうでしょう? さて、行きましょうか。話は歩きながらでも出来ますからね」
![]()
奏良 「…………」
![]()
神父様 「次は、そうですね。私の名前の由来についてもお話ししましょうか? そして、是非日渡くんの由来も――」
![]()
奏良 「口ではなく、足を動かして下さい。……行きますよ」
![]()
神父様 「あ! ま、待って下さい……!!」
![]()
マザー 「ふふ、本当に随分仲良くなったのですね。……あ、あら? ドアが開いて……」
![]()
愛梨 「い、行ってらっしゃい。マザー」
![]()
誠司 「行ってらっしゃい」
![]()
マザー 「まあ、お見送りに来て下さったのですね。ありがとうございます」
![]()
神父様 「マザー?」
![]()
マザー 「はい! ……では、行って来ますわね」
![]()
愛梨 「お、お気を付けて!」
![]()
奏良 「……?」
![]()
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
![]()
日渡奏良、24歳。
![]()
10年以上も前、彼はイトコのいる教会を訪れ、そこで偶然イトコの息子と愛らしい少女を見掛けた。
![]()
その後、彼女が自分の名前を笑顔で語った時、彼の脳裏にどこか懐かしい記憶が浮かぶことになる。
![]()
その名の由来と、彼女に注がれた深い愛情。
![]()
しかし、彼はそれを認識するまでに多くの時間を必要としてしまう。
![]()
過ぎてしまった時はあまりにも長く。
![]()
誰にも言えない秘密を、胸に隠していたから――。
![]()