風がそよぐ。
 
頬にかかる髪を耳にかけた。
校庭に並んだ木々は、見た目にも淋しい。
伸びた枝には、まだ桜の花は咲いていない。
 
けれど、周囲にはたくさんの笑顔と共に、色とりどりの花が溢れていて、息をするたびに微かに花の香りがした。
 
 
わたしは人波から少し離れた場所に立つ。
桜の木が影になって、少し肌寒い。
 
校門をじっと見つめる。
 
 
「美海せんぱーい!!」
 
 
声がする方を向くと、女の子が二人こちらに向かって駆けてくる。
部活の後輩達だ。
 
 
「先輩、卒業おめでとうございます!!」
 
 
頬を赤らまさせ、白いブレザーの下の肩が上下している。
そんなに急いで走らなくてもと、思わず笑みを溢してしまう。
 
 
「ありがとう」
 
「あー……遂に行っちゃうんですね。先輩がいないと、淋しいです……」
 
「このまま付属の大学に進むだけだから会おうと思えばすぐに会えるよ」
 
「そーですけど……」
 
 
そういって眉を下げる姿が可愛くて、わたしは彼女の頭に手を伸ばした。
わたしよりも体が大きい彼女だけど、少し照れくさそうに笑いながら、大人しく頭をなでられる。
そういえば、よくわたしもこうして頭をなでてもらってたな。
 
 
「そういえば、先輩。こんな所でどうしたんですか?」
 
「あ、うん。……ちょっと人を待ってたの」
 
「人? あ、恋人とか!」
 
 
『恋人』といわれ、一瞬きょとんとする。
だけど、考えてみれば確かにそういうものかもしれない。
小さな頃は、よく『大人になったら結婚する』なんて言ってたっけ。
 
 
「んー……。そんなとこ、かな?」
 
 
少し思わせぶりに言ってみる。
 
 
「やっぱりそうなんだ!!」
 
「あー。美海先輩、可愛いですもんねー」
 
「じゃあ、私達お邪魔する前に退散しますね! 清香、いこっ!」
 
「うん!」
 
 
わたしの言葉を真に受けて、二人はこの場から立ち去る。
少し悪いことをしたかもしれない。
 
わたしは、遠くなっていく二人の後ろ姿をしばらく眺めた後、再び校門の方に目を向けた。
待ち人の姿はない。
やっぱり、来るわけないか。
そう思った時だった。
 
 
「美海!」
 
 
声をかけられ振り向く。
そのスーツ姿にわたしは目を丸くした。
 
 
「お兄ちゃん!! 来てくれたの!?」
 
「うん」
 
 
紺のスーツに身を包み、現れたのは、待ち人である兄その人だった。
 
 
「仕事は!? 今日、定休日じゃないよね!?」
 
「店長に言って、休み入れた」
 
「何で……」
 
 
言葉が詰まる。
正直、本当に来るとは思わなかった。
兄には仕事があったし、第一今日のことは伝えてもいない。
 
 
「何でって……。折角のお前の卒業式だもん。見ないわけいかないじゃん」
 
 
そういって、兄はわたしの頭をなでる。
こういうところ、ちっとも変わってない。
兄にとって、わたしはまだ小さい子供なんだろう。
 
 
「卒業式……見てくれてたの?」
 
「うん。見た。答辞スゲー格好良かった」
 
「わー、恥ずかしい……。来るなら言ってくれれば良かったのに……」
 
「だって、お前のことだから『来るな!』って言うと思って」
 
 
『言わないよ!』と反論しようとしたけど、途中でやめた。
確かに、兄に卒業式のことを教えなかったのは自分だ。
母にもそのことを口止めしてもらっていた。
仕事で忙しい兄に迷惑をかけたくなくて、わざと伝えなかった。
まあ、忘れていなければ卒業式が間近だということはすぐに分かってしまうのだけど。
それでも、自分から『来て欲しい』なんて言えなかった。
 
 
でも、それでも……来ないと思っていたのに、どこか来ることを望んでいたのも確かで。
今、兄がこの場に現れたことを喜んでる自分がいる。
 
 
「……母さんは?」
 
「あ、多分保護者の集まりで教室に残ってると思う」
 
「そっか」
 
 
兄は左手をポケットにいれ、辺りを見渡した。
まるで思い出にでも浸るように、目を細めて、口元に笑顔なんか浮かべながら。
もしかしたら、なくなった自分の学校と重ねているのかもしれない。
 
 
「美海」
 
「え?」
 
「これからどうすんだ? もう自由に帰って良いんだろ?」
 
「あ……」
 
「車、あるけど。何だったら、友達も一緒に送ってくぞ? どうせ、お前この後どっか行くんだろ?」
 
「あ、うん……」
 
「どうする?」
 
 
 
聞かれて、私は考える。
確かに友達には、後で遊びに行かないかと誘われてはいる。
 
兄をじっと見つめる。
兄はこの後どうするんだろう。
仕事を休んだということは、今日一日予定は空いていると考えても良いのだろうか。
 
しばらく悩んで、答えた。
 
 
「……ううん。いい」
 
「そっか?」
 
「うん。いい。どこにも行かない」
 
 
後で友達には謝ろう。
誘ってくれたのは嬉しいけれど、こうして兄を独占出来る機会なんて最近では滅多にない。
今日は一日、家族水入らずで過ごしたい。
自分たちより兄を優先したといったら怒られるだろうか。
 
意外そうに見つめる兄に、わたしは提案した。
 
 
「どこにも行かなくてもいいから……ねえ、お兄ちゃん。少し二人で歩かない?」
 
 
 
 
 
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 
 
 
 
 
「……いいのか? 学校勝手に出て。母さんはどうすんだ?」
 
「いいの! すぐに戻るもん!」
 
 
兄の袖を引っ張り、門の外に連れだす。
最初は躊躇していたのに、わたしが袖を離しても黙ってついてきてくれる。
 
 
通い慣れた通学路。
二人、とぼとぼと歩く。
 
 
こうして、兄と二人きりで歩くのは何年ぶりだろう。
小さい頃は、よく実家の田んぼ沿いを手を繋いで歩いた。
でも、大きくなるに連れて、兄やわたしが互いに忙しくなって、そんなことをする機会もなくなっていた。
 
 
青い空。
桜並木。
お兄ちゃんとわたし。
 
 
周囲に人はいるはずなのに、どうしてだろう。
今、この瞬間には、わたしと兄の二人だけしかいない。そんな風に感じてしまう。
 
 
兄は、桜の木を見つめながら歩いていた。
その表情からは、何を考えているかは分からない。
 
 
じっと見ていると、視線に気づいた兄は、わたしに微笑みかける。
 
 
「どうした?」
 
「あ、うん……」
 
 
何だか、目線を合わせるのが気恥ずかしくて、つい反らしてしまう。
 
歩く速度を少しだけ上げる。
わたしは、兄を追い越して前を歩いた。
 
 
「何か、元気ないのな」
 
 
背後から聞こえる兄の言葉。
わたしが返す言葉を探していると
 
 
「俺が来るの嫌だった?」
 
 
意外な言葉が兄から返ってきた。
すぐに反応が出来ず、立ち止まる。
 
 
「ごめん」
 
 
呟くように聞こえた。
慌てて振り返ると、そこには少し哀しそうな顔をした兄の姿があった。
 
 
「そ、そんなことないよ! お兄ちゃんが来てくれて良かった!! すごく嬉しい!!」
 
「……うん。なら、良かった」
 
 
その言葉に、ずきりと心が痛んだ。
兄は、立ち止まったわたしの横を通り過ぎると、ぽんと頭に手を置いた。
 
頭に残る感触。
懐かしい記憶が甦る。
 
そのまま兄はわたしを追い越し、前を歩いた。
広い背中が眩しくて、少し目を細めた。
 
ボーッとしていると、いつの間にか距離が開いてしまって、わたしは慌てて兄の背中を追いかけた。
ああ、そういえば昔にもこんなことあったなと思い出しながら。
 
 
 
 
 
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 
 
 
 
 
あれは、わたしがまだ小学生だった頃。
ちょうど、母が父と別れて一年くらい経った時だろうか。
クラスで授業参観があった。
 
うちは母子家庭で、母は忙しい人だったし、来られないことは十分に分かっていた。
母は、仕事を休むと言ってはくれたが、別にそのことに対して特に執着もしてなかった。
クラスで片親なのは、わたしだけではなかったし、そのことで誰に責められるわけでもなかったから。
わたしは母の申し出を断った。
母は申し訳なさそうにわたしに謝った。
 
 
 
授業参観当日。
教室に続々と綺麗に着飾った親達が入ってきた。
わたし達は、一人一人、あれは誰の親だと噂しあった。
始めは文句を言っていた子も、いざ自分の親が来ると嬉しそうに笑っていたのが印象的だった。
 
やがて先生がやってくると、教室内がしんとする。
いつもとは違う雰囲気。
緊張と歓喜が入り交じったような奇妙な空間。
 
 
そんな時だった。
 
 
「すみません!」
 
 
がらっと音を立て、制服姿の兄がやってきた。
その瞬間、周囲がざわついたのが気になった。
 
 
兄は、わたしと目が合うと右手で小さく手を振った。
わたしは、そのことが少し恥ずかしくて手を振り返すことなく、向き直った。
 
その後のことはよく覚えていない。
先生の言葉も、友達の会話も、よく耳に入ってこなくて。
ただ、後ろにいる兄の姿が気になって、時々振り返って確認していたのだけは覚えている。
 
 
 
「…………」
 
「…………」
 
 
帰り道、わたしと兄は手を繋いで歩いた。
どちらとも話すわけでもなく、ただ黙って。
握った手が温かかった。
 
 
空を仰ぐ。蜜柑色の空。
視線を横に移す。
仄かにオレンジに染まった兄の横顔。
 
 
静かすぎる空気。
微妙な沈黙に耐えられなくなって、わたしは勇気を出して兄に聞いてみた。
 
 
「今日……恥ずかしかった?」
 
 
質問の意味が分からなかったのか、兄は訝しげな顔をした。
 
 
「今日、美海の教室に来て恥ずかしかった?」
 
 
もう一度、今度はハッキリとした声で聞いた。
歩く足が止まる。
兄はしばらく黙った後、繋いだ手の反対側をわたしの頭に乗せ言った。
 
 
「あるわけないだろ。そんなこと」
 
 
兄の言葉にわたしは俯く。
 
 
嘘。
本当は、すごく恥ずかしかったんだ。
 
だって、見てたから。
心ない人たちが、兄の姿を見て口々に何か話していたことを。
深く意味は分からない言葉も、それが良いことか悪いことかくらいは判別がつく。
 
兄は何でもないふりをしていたけど、きっと我慢していたんだ。
何故なら、兄の手は終始ぎゅっと強く握られていたのだから。
 
 
「……美海は、恥ずかしかったか? その……俺が、授業見に来たこと……」
 
 
兄は、俯くわたしの顔を覗き込んだ。
その顔は、すごく心配そうで
 
 
「紳君……」
 
 
わたしは、そんな兄の姿を見て、自分が少しでも恥ずかしいと思ったことが申し訳なくなった。
 
 
「…………」
 
「……ううん! すごく嬉しかった!!」
 
「……そっか」
 
「うん!」
 
「……良かった」
 
 
ふっと笑う兄を見て、わたしは嬉しかった。
兄は、わたしの頭を優しくなでる。
 
その手が温かくて。
あまりにも夕焼けが綺麗で。
 
わたしは、泣きたくなった。
 
 
「ねえ、お兄ちゃん」
 
 
わたしはあの時、言わなかったけど。
言えなかったけど、本当は……。
 
 
「ん?」
 
 
来て欲しかった。
来て欲しかったんだよ? お兄ちゃん。
 
だからあの時、お兄ちゃんが来てくれて本当に嬉しかったんだ。
 
 
「あのね……」
 
 
 
 
 
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 
 
 
 
 
高く、遠い空。
薄青の空には、同じく薄く伸びた雲。
低く声をあげる飛行機。
やがて、耳の奥へと消えていく。
 
 
あれから何年経ったことだろう。
今、兄と二人、道を歩く。
兄の背中を見つめながら、あの頃の自分と今の自分を重ねてみる。
 
あの頃とは違うこと。
 
背が大きくなった。
料理が出来るようになった。
バイトが出来るようになった。
 
大人になった、ということかもしれない。
 
 
「……で、今日はどうしたんだ? 卒業式でナーバスになってんの?」
 
 
声をかけられて、ハッとする。
つい、物思いに耽っていたようだ。
歩く足を止めていた。
 
顔をあげ、兄をまっすぐに見つめる。
わたしに声をかけた兄の歩みは止まらない。
気づけば、離れていく背中に距離を感じる。
そのことに焦りを感じて、わたしは勇気を出して言った。
 
 
「……っ。だ……大学のこと……!」
 
 
声が上擦る。
喉の奥が痛い。
 
 
「ああ、大学。そういえば、良かったな。無事に行けて。確かこの辺にあるんだっけ?」
 
 
兄の『大学』という言葉に体が強張る。
 
 
「お前、頭良いもんなー」
 
 
そういって笑う兄とは裏腹に、わたしは俯いてしまう。
 
 
「ごめんね。迷惑かけて……」
 
 
ぎゅっと手を握る。
影が映ったアスファルト。
どんどんと視界が狭くなっていく。
胸が苦しい。
 
 
「美海」
 
 
すっと、目の前が暗くなる。
わたしの影にもう一つが影が重なる。
驚いて顔をあげると、目の前に兄がいた。
 
 
「あるわけないだろ。そんなこと」
 
 
きっぱりとした声だった。
 
 
「え?」
 
「言っておくけど。俺は迷惑だなんて思ったこと、一度もないからな?」
 
「ったく、そんなこと気にしてたのか。お前、馬鹿だなー」
 
 
『だって』と言いかけた言葉を呑み込む。
 
『だって、私のせいでお兄ちゃんの時間を犠牲にした』
 
兄にやりたいことがあるくらい分かっていた。
それをわたしが幼かったせいで、我慢してくれたことも。
 
お兄ちゃんはいつだって。
お兄ちゃんはいつでも。
それこそ、毎日、毎時間。
自分が苦しい時も、哀しい時も。
 
わたしやお母さんのことを一番に考えてくれて……。
 
小さい頃はそれが当たり前で、だけど、そのことがもどかしくもあって。
 
どうして、わたしは何もできないんだろう。
どうして、わたしは子供なんだろう。
そんな風に思っていた。
 
だけど、大人になった今。
わたしはその恩を返すことなく、自分の行きたい道へ進もうとしてる。
小さい頃は、早く大人になりたくてしょうがなかったはずなのに。
早く大人になって、兄や母を助けるつもりだったのに。
だけど、また自分の道を優先してしまう自分自身にどうしようもなく腹が立つ。
 
 
喉が熱くてたまらない。
体が小刻みに震えてる。
唇に雫が伝って、少ししょっぱかった。
 
そう。いつの間にか、わたしは泣いていた。
 
兄は、泣きじゃくるわたしの頭を優しく撫でてくれる。
屈んでわたしの顔を覗き込む。
指で涙を拭ってくれる。
 
 
「ごめん……。ごめんね、お兄ちゃん……」
 
 
何度も何度も頬に雫が伝う。
止まらない。
 
涙が。
 
 
「わたし……お兄ちゃんだって大学行きたかったのに、お兄ちゃんはわたしのせいで諦めて……」
 
 
言葉が。
 
 
「それなのに、わたしばっかり…………」
 
「だから、わたし……お兄ちゃんに申し訳なくて……っ」
 
 
言葉が、涙と一緒にぽろぽろと溢れていく。
まるで、今までせき止めていたもの全てをさらけ出すように。
 
 
「良いんだよ、別に。第一、俺が我慢したわけじゃないだろ?」
 
 
泣いているわたしをあやすように、兄は優しい声で言った。
 
 
「……お前は、よく頑張ったよ。今までさ」
 
「勉強頑張って、奨学金までもらってさ……スゲーと思う。流石、俺の自慢の妹だよ」
 
「普通だったらさ、色々と遊びたいとか思うだろ。だけど、お前はそれを……別に遊んだって良かったのにさ」
 
「だからさ、別に泣いたり謝ったりすることなんてない。大学行けるのはお前が頑張ったからだろ?」
 
 
兄の言葉に更に涙が溢れてきた。
兄は、泣き崩れそうなわたしをぎゅっと抱き寄せてくれる。
 
 
「美海。……卒業おめでとう」
 
 
耳元で囁かれた言葉。
わたしは、大好きな兄の匂いに包まれ、更に泣いた。
兄は、困ったように笑いながらも、わたしが泣きやむまでずっとこのままでいてくれた。
 
 
 
 
 
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 
 
 
 
 
春の風が吹く。
肌に触れる風はまだ少し冷たい。
 
一体、いつまでこうしていたかは分からない。
いい加減泣くのにも疲れて、顔をあげる。
多分、すごく目が腫れてるんだろうなと思ったけれど、今日は幸いなことに卒業式だ。
周りから変な目で見られることもないだろう。
 
わたしと目が合うと、兄はわたしの後ろを指さした。
 
 
「……ほら、美海。あれ、見てみろ」
 
 
声をかけられ、兄の指さす先を見た。
枝の先の蕾だった。
 
 
「桜……」
 
「もう蕾がついてたんだな。カメラ持ってくれば良かったかな」
 
 
その言葉は、あまりにも兄らしいものだった。
思わず笑みを溢すと、兄もつられたように笑った。
 
 
「泣きやんだ?」
 
「うん……」
 
 
優しい言葉、優しい笑顔。
 
大好きな兄。
 
きっと、わたしにとっての『兄』は、他の『兄』より大きな存在だ。
 
 
「……お兄ちゃん」
 
「ん?」
 
「……わたしね、生まれ変わったらお兄ちゃんの恋人になりたい」
 
「は?」
 
「お兄ちゃんは炊事洗濯も出来るし、格好いいし、恋人になったら絶対友達に自慢するもん」
 
「お前、いきなり何言って……」
 
「それか、お兄ちゃんの子供になりたい」
 
「お兄ちゃんの子供だったら、絶対幸せだし、いっぱい我が儘いって甘えて……って、それは今もだけど……」
 
 
わたしにとっての兄は父であり、理想の恋人だ。
大好きで、尊敬出来る人で、多分この人を越えられる存在なんていないんじゃないかと思う。
 
 
「でもね。でも……やっぱり……」
 
 
人によっては、それはおかしいと思うかもしれない。
でも、それでもやっぱり、わたしにとって兄は世界で一番大切な存在だ。
誰に何ていわれようとも、これだけは変わらない。
 
 
「わたし、生まれ変わってもお兄ちゃんの妹でいたい」
 
 
明戸紳は、わたしの最高の兄だ。
 
 
「美海……」
 
 
少し驚いた顔。
何だかおかしくて笑ってしまう。
 
ねえ、お兄ちゃん。
わたし、ずっと迷惑かけてきたね。
 
多分、これからも迷惑や心配をかけるかもしれない。
 
だけど、少しずつ大人になっていくから。
少しでもその負担を減らしていくから。
 
だから、どうか幸せになって下さい。
色んなことで迷惑かけた分、我慢した分、いっぱいいっぱい幸せになって欲しい。
それだけが、貴方の妹としての願いです。
 
 
「お兄ちゃん。あのね……」
 
 
小さかった頃のわたし。
大きくなった今のわたし。
 
 
あの時のわたしも、今のわたしも変わらない。
伝えたかった言葉はただ一つ。
 
 
「ありがとう。わたし、お兄ちゃんの妹で良かった」
 
 
END