※この小冊子にはネタバレが含まれる場合があります。試し読みの際はお気を付けください。
二ノ瀬サンプル
彼女が病院へ運ばれたと連絡があった時は心臓が本当に止まるかと思った。ドラマでよく聞くお決まりの「これから話す事を落ち着いて聞いて下さい」なんて言葉は逆に不安をあおるし、今の時期に知らない番号からかかってくる時点で不安しかない。そこへ「彼女が何者かに襲われて負傷しました」だ。正直最悪の事態を想像した。
だから顔を見た時はホッとすると同時に全身の力が魂ごと抜けた。
「心配かけちゃってごめんなさい。頭を殴られたから念の為入院する事になったけど、私はこの通り元気よ」 そう言って申し訳なさそうに苦笑する彼女の額には包帯が痛々しく巻かれていた。なんともない風を装ってはいるがそれが虚勢なのはすぐわかる。
彼女はずっと死を恐れてきたのだ。この二年間、ずっと自分が殺されることを恐れて穏やかな日常とは程遠い生活を送ってきた。その悪夢を体感した直後に何ともないはずはない。きっと痛み以上にすごく怖かっただろう。今だって一人にしたらどうなるかわからない。俺も環境は違えど死の恐怖を体験してきた身だ。その辛さはよく知っている。
だから……
間宮サンプル
「少しだけ話していても良い?」
それが電話越しに聞いた彼女の第一声だった。それだけなら「彼女にしてはめずらしいな」だけで済んだだろう。だがその声は不安げに揺れていた。
「どうしたんだ?」
「特に何かあった訳じゃないんだけど少し話したくなって……」
話しにくいことを話そうとしているのとはまた違う、なんとも歯切れの悪い反応だ。
「わかった。今すぐ行く」
「え!? か、勘違いさせてしまったのならごめんなさい。直接会って話したいとかそういう意味じゃないの」
「だがお前は元気がない。こういう時他の奴等なら色々と察する事も出来るんだろうが、俺にそう言った細やかな気遣いは出来ない。だから顔を見て話すのが一番良いと思った」
「き、気持ちは嬉しいけどそんな大事じゃないから……。本当に、少し声が聞きたかっただけなの」
そう言いながらも彼女の声は暗い。これは何かある。俺の直感がそう告げていた。
ちなみに俺は先程自分を細やかな気遣いが出来ないと評したが、だからこそ出来る事もある。それは強引に物事を進める事だ。それが悪い方へ出る事もあるが、今の彼女には必要な事のように思えた。だから俺は勘違いをしたふりを続けてこう言った。
鳴海サンプル
絶対に犯人を見つけ、自分の手で仇を打つ。それが今にも叫んで暴れだしたくなるような怒りを抑えられる唯一の希望だった。自分の将来や残された両親、あるいは親戚にかかる迷惑なんてものは考えていない。とにかく犯人に犯した罪相応の報いを受けさせることだけを考えていた。
だけど、ただの中学生に出来る事なんてたかが知れている。警察より先に犯人を見つける事なんて不可能なことくらい、自分が一番わかっている。だから犯人への復讐は怒りを抑え日常を送る為のまやかしの希望でしかなかった。
それなのに、その不可能を可能にする存在が目の前に現れた。
最初はいないよりマシくらいの存在でしかなかった。それが行動を共にするにつれ、彼らは真相に近づける唯一の存在だと思えるようになった。
ただ、その頃には最初とは違う感情を持つようになって、僕の目標は揺らいでいた。
特に彼女。伴星さんは僕にとって特別な人だ。いないよりマシ、何の情報もないよりマシとしか思っていなかったのに、今では僕を支える大切な存在になっている。
要サンプル
最初は誰かの役に立つ仕事がしたいという漠然とした夢だった。小学生が宇宙飛行士やスポーツ選手に憧れるような、純粋故に淡い夢。それが進路について考えさせられる時期になり、様々な職業を知って実際にその職に就いた人の話を聞くようになり、俺は警官を目指すようになった。
周りには医者や弁護士は金がかかるから無理だし他に選択肢がない、なんて照れ隠しを言ったりもしたが俺は本気で警官に憧れていた。
そしてその夢が叶った今も俺は自分の仕事に誇りを持っている。ただ……目標を失っていた。
そして……今日は彼女の誕生日だ。もちろん二十歳の。