O M A K E

P R O J E C T U


こちらでは、歳時記企画と題しまして季節に合わせたショートストーリーを掲載致します。

歳時記企画

歳時記企画 -初冬-

 
なんてん
 
 
今日はお休みのはずなのに、何だか下が騒がしい気がする。
枕元の目覚し時計を引き寄せて時間を確認する………まだ朝の6時半。
 
 
今日は休日だけど、お父さんは仕事に行くって言ってたはず、
ふみは早朝から部活だってぼやいてたっけ。
だから2人でバタバタしてるのかなぁ…。
 
 
そうか…それなら、私はもう少しだけ寝かせてもらおう。
昨日も遅くまでクリスティーヌの特番を見てたから、眠くて眠くて………
 
 
誰かの足音が部屋の前で止まった気配。
 
 
ふみ「………ちゃん!………だぞ?!」
 
 
ふみの声だ…。わざわざ「行ってきます」でも言いに来たのかなぁ?
 
 
あかり「…ん〜………」
 
ふみ「こりゃ熟睡してんな…。悪いけど、俺もう出なきゃいけないから」
 
あかり「…ん〜…」
 
ふみ「父さんももう出かけたし、戸締りはちゃんと…って必要ないか…」
 
あかり「…ぅん・・・」
 
ふみ「…物は壊すなよ、じゃ、行ってくる」
 
あかり「…って…っしゃぃ…」
 
 
聞こえるか聞こえないかは分からないけど、取り敢えずお見送りの言葉を口にしてみる。
その時、部屋の前でふみが誰かと話していたような……多分気のせいだよね。
ふみが階段を駆け下りる音を聞きながら、私は再び夢の世界へ旅立った…。
 
 
お休みの朝に、いつもよりちょっとだけ遅く起きてみる。
慌てなくてもいいから、少しだけ得した気分になったりする。
それに先週から朝はちょっとだけ寒さを感じていたんだけど、今朝はあまり寒くないんだ。
特に右半身はなんだか生暖かささえ感じる気がする…。
 
 
???「………とは…だね」
 
 
ん??今誰かの声が聞こえた気が…
 
 
???「……くん……い?」
 
 
お父さんもふみも出かけたから家には私以外…
 
 
???「………だよ?」
 
 
…? 嫌に声が近い気がする。
 
 
???「…言っているだろう?」
 
 
やっぱり近いよ。直ぐ側から、、、…側って?! しかもこの声って?!?
 
 
私は未だかつて無い勢いで目を覚ました。
そして、目の前に…いや、私の隣りに寄り添うように人が横たわっていたという事実に驚きすぎて開いた口が塞がらなかった。
でも、その人はこういう突拍子も無いことをするのが得意な人で…。
 
 
あかり「な…な…ななな………!?」
 
???「何だい?『な』5つであいうえお作文かい?」
 
あかり「ち、ち、ちちち…!!」
 
???「なるほど、『ち』だね。」
 
あかり「………???」
 
???「『近頃噂の 巷で話題の ちょっと食べたい 千歳飴は ちょび髭サイズ』…どうだい?」
 
あかり「どうだいじゃありません!!!」
 
???「では…こうだい?」
 
あかり「何ですか?!こうだいって!!」
 
???「ふむ。それではやはり………ちょうだい」
 
あかり「ウチに千歳飴なんてありません!!」
 
???「無いのかい?!」
 
あかり「普通あるんですか??!」
 
???「千歳飴は常備食だろう!?白米よりも、さしすせそよりも大切だぞ!!」
 
あかり「ぇええ?!?」
 
 
???「………西くん、今のはお目覚め用の軽いジョークだ」
 
あかり「…軽い…ジョーク………」
 
???「そうだよ。誰にでも分かるライトでウィットでセンセーショナルなジョークだ」
 
あかり「は、はぁ…」
 
???「ところで、西くん」
 
あかり「はい?」
 
???「おはよう」
 
あかり「…おは… そうだ!!どうして沢登先輩がここに居るんですか?!?」
 
 
危ない…。ついつい沢登先輩のノリに流され続けるところだった。
学校の先輩で、私も所属する委員会の委員長で、私の恋…人?だったりする。
先輩と付き合うことになってからしばらく経つけど、未だに理解できないところがいっぱいあって…
ってそんなこと今語ってる場合じゃない!!
そもそも何で沢登先輩が我が家に、しかも私の布団に入り込んでっていう重要な問題が!
 
 
沢登「どうしてかと聞かれれば…。そうだな、肌寒さを和らげるためだ」
 
あかり「肌寒さ??」
 
沢登「そうだよ、少し寒かったのでね。舞を舞って体温上昇を試みようかとも思ったんだが、ふーみんにこの家での舞は禁止だと言われてしまったからね」
 
あかり「え?」
 
沢登「だから手っ取り早く温まるには、西くんの布団にお邪魔するのがお徳かと」
 
あかり「はぁ?!」
 
沢登「何だね、布団入場料でもせしめようと言うのかい?」
 
あかり「違います!そうじゃなくて!!そもそもどうして家に沢登先輩が居るのかってことが!!」
 
 
あまりのことに、自然と声も大きくなる。
本当なら凄く恥かしくてくすぐったい瞬間だと思う。
目が覚めたら、好きな人が自分のすぐ側にいて、自分の顔を覗き込んでる。
 
 
確かに恥かしいんだけど、それよりも驚きの方が勝ってしまうのは、沢登先輩だからだろうか。
ドキドキとかハラハラとかいろんな意味で自分の顔が熱くなるのを感じる。
そんな私を先輩が真顔で見詰めていた。
 
 
沢登「決まっているだろ?」
 
あかり「え??」
 
沢登「ふーみんが入れてくれたんだ。断じて、不法侵入などではないよ」
 
あかり「…いや…その…」
 
沢登「外から声を掛けると、ふーみんが快く玄関の扉を開けて出迎えてくれた」
 
 
きっと“快く”ってところは、沢登先輩の物凄い主観なんだろうなぁ…。
とか、そんなことはこの際どうでも良くて。
 
 
あかり「…えっと…そうではなくて。何かご用事があって家にいらっしゃったのでは?」
 
 
何だかひとりで慌てているのがおかしい気がしてきた、少し落ち着こう。
そうだよ、沢登先輩の突拍子の無さはいつものこと。
これくらいで慌てていたらこの先身が持たないよね。
一度深呼吸をして私がいつもの調子を取り戻すと、沢登先輩はポンっと手を打って頷いた。
 
沢登「ああ。散歩がてら僕の情愛を届けに」
 
あかり「………へ?………」
 
沢登「西くんのお父上へ」
 
あかり「お父さん?!」
 
沢登「おっと間違えた。西くんのお家へ、だ」
 
あかり「ぇええと…それは一体、ど、どういう意味で…」
 
沢登「意味など無いよ、言葉通りだ」
 
 
沢登&
あかり
「「………………」」
 
 
さっぱり意味が理解できない私と、ただ思ったままを口にしているらしい沢登先輩。
不思議顔と真顔で見詰め合ってるいると、徐々に先輩の顔が大きくなってくる。
 
 
あかり「?!さ、さ、さ、沢登先輩!!近いです!」
 
沢登「それがどうした西くん」
 
あかり「いやいやいやいや、どうしたもこうしたもぉぉぉぉぉぉぉ」
 
沢登「………はぁ、全く。ムードを壊す子だね、君は」
 
あかり「…??」
 
 
溜息交じりで、珍しくも苦笑いをする先輩。
私、先輩の苦笑いを誘うような…何をしてしまったんだろう?
というか、いったい今までの何処にムードがあったんだろう?
分からない私がおかしいの??
 
 
沢登「まあ、今回は見逃してあげよう」
 
あかり「は、はぁ…。どうもありがとうございます」
 
沢登「よろしい。では、僕はそろそろ失礼するよ」
 
あかり「え?!」
 
沢登「西くんとふーみんとお父上で、僕からの情愛の篭ったプレゼンツをよくよく可愛がるように」
 
あかり「プ、プレゼント??」
 
沢登「プレゼンツは居間の卓袱台の上だ。それでは失礼」
 
 
そう言って私の部屋を出て行った沢登先輩は、ふみに禁止だと言われたという舞を舞いながら軽やかにスカートの裾を翻して我が家を立ち去った。
私は一応、玄関までお見送りに出たんだけど………先輩、結局何をするために家に来たんだろう?
それに、今日はお休みの日なのに制服着てたし………。
 
 
いろいろ納得できないまま先輩の背中を見送って居間に行ってみると、鉢植えが1つ卓袱台の上に置いてあった。
 
 
こんなに寒い時期なのに、青々とした葉っぱと赤く小さな実がいくつも生っている小ぶりの木。
ちょっぴり温かさを感じるような…そんな鉢植えを眺めながら、私は部活から帰ってきたふみを出迎えた。
 
 
その晩いつもよりずっと早く帰ってきたお父さんが、何の鉢植えだか分からずに悩んでいた私とふみに教えてくれた。
 
 
東吾「ああ、これは南天の木だよ」
 
 
古くから薬用や厄除けなどなど、いろいろなことに重宝されてきた寒さに強い植物らしい。
立派なものだね、と優しく微笑むお父さんは、
―――良い家族
そういう意味を携えたありがたい木なんだよ、と付け加えた。
 
 
何処から手に入れたのかと不思議そうなお父さんに、この鉢植えがウチにやってきた経緯を話した。
話し終えるとお父さんはひとつ頷いて
 
 
東吾「素敵な贈り物をもらったね、あかり」
 
 
と言ってくれた。
私はなんだか自分が誉められたみたいに嬉しくなった。
 
 
 『ああ。散歩がてら僕の情愛を届けに』
 『おっと間違えた。西くんのお家へ、だ』
 
 
本当はちょっとだけ複雑な気分だった。
どうして“私に”じゃなくて“我が家に”沢登先輩の気持ちを届ける必要があるの?って思って。
でもさっきお父さんが教えてくれたことを考えると、先輩は私だけじゃなく、
私の家族も大切にしてくれているんだと思えてきて、凄く幸せな気分になった。
 
 
東吾「沢登くんって、良い子なんだね」
 
あかり「うんっ!!」
 
ふみ「はぁ?!」
 
あかり「何よ、ふみ??」
 
ふみ「い、いえ、何でもございません………」
 
 
肩を竦めながらそそくさと居間を去って行ったふみを、私はちょっと膨れながら横目で見送った。
 
 
あかり「もう、ふみってば」
 
東吾「まあまあ、あかり。取り敢えず、明日植木屋さんに行って育て方でも聞いてこようか?」
 
あかり「うん、そうだね!ありがとうお父さん」
 
東吾「どういたしまして。さて、夕飯の準備でもしようかな」
 
あかり「あ、私手伝うよ」
 
東吾「大丈夫だよ。それより月曜に英単語のテストがあるから勉強するって言ってなかった?今日は勉強できたのかい?」
 
あかり「まだやってなかった!じゃ、夕飯できるまで勉強する」
 
東吾「そうしなさい。頑張るんだよ」
 
あかり「はーい!」
 
 
私は鉢植えをそっと居間の角へ移動させてから自分の部屋へ戻って勉強を始めた。
しばらく英単語と格闘していると、ドアをノックする音とともに「ねぇちゃん」とふみの声がした。
 
 
あかり「何?」
 
ふみ「入っても平気か?」
 
あかり「うん、いいよ」
 
 
ドアを開けたふみは手に1冊の本を持ってこちらへ歩いてきた。
そして私の机を覗き込んで一瞬珍しいものを見るような顔をした。
 
 
ふみ「ねぇちゃん、もしかして勉強してんのか?」
 
あかり「そうだけど、何??」
 
ふみ「いや…別に何ってこともないけど…。それよりこれ、やるよ」
 
あかり「え?」
 
 
ふみが手にしていた本をこちらへ差し出す。
表紙にはきれいなお花の写真が載っている。
 
 
あかり「何の本??」
 
ふみ「…言葉」
 
あかり「は??」
 
ふみ「だから、花言葉!」
 
あかり「何でそんな本、ふみが持ってるの?」
 
ふみ「別にッ!ただ、写真がきれいだったからだよ!」
 
あかり「わ、わかったから、そんなに怒鳴らないでよ」
 
ふみ「ねぇちゃんにやる」
 
あかり「へ??」
 
ふみ「そんだけだ。じゃぁな」
 
あかり「ぇえ、ちょっ…」
 
 
ふみは足早にドアへ向かうと、そこでちょっと振り返って今度はふみらしからぬ顔でニヤっと笑った。
 
 
あかり「な、何??」
 
ふみ「ねぇちゃんって、実は愛されてるんだな」
 
あかり「は…はぁ?!」
 
 
ふみは意味不明な言葉を残してドアの向こうへ行ってしまった。
何だったの…?
私は不思議に思いながら、もらったばかりの本に目をやった。
 
 
あかり「あれ?」
 
 
いかにも“目印”といった感じでしおりが挟まれているページを見つけた。
開いてみると、そこは南天のページだった。
 
 
―――ナンテン/メギ科/和名:南天、南天燭/花言葉………
 
 
あかり「あ………」
 
 
私はその花言葉から視線を外せないまま固まった。
徐々に顔が熱くなってきて、叫び出したいような、泣き出したいような嬉しさが込み上げてきた。
頭の中で笑顔の沢登先輩の優しい声が聞こえてきた気がして、私はそっと呟いた。
 
 
あかり「先輩ありがとう…私も大好きです…」
 
 
 
 
―――ナンテンの花言葉 私の愛は増すばかり―――
 
 
 <おわり>
author 瀧河蓮 
 

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