O M A K E

P R O J E C T U


こちらでは、歳時記企画と題しまして季節に合わせたショートストーリーを掲載致します。

歳時記企画

歳時記企画 -梅雨-

 
あじさい
 
 
姉は今さっき、友人達との外出から帰って来た。
大きな花束を抱えて。
 
 
あかり「希世子ちゃんと有希ちゃんとお花市場に行って来たんだ!」
 
 
広瀬さんが母親に頼まれたお遣いとかで、季節の花の鉢植えを買いに
花屋ばかりの出店が並ぶ市場に行って来たと言う。
 
 
ふみ「で、ねぇちゃんまで花買ったわけ?」
 
あかり「うん。切花だったら世話が楽かな〜って思って」
 
ふみ「何でまた花なんて…」
 
あかり「え?お部屋に植物置くと良いって有希ちゃんが言ってたから」
 
ふみ「はあそうですか」
 
 
花より団子なくせに友人の一言に直ぐ影響を受けるとは、単細胞と言うか何と言うか…。
俺の呆れた溜息は無視して『花瓶に活けなきゃ』と姉は鞄と上着を居間に放り投げて何処かへ走り去った。
 
ふとカレンダーに目をやる。
 
 
ふみ「ああ、もう6月だったのか…」
 
 
ジメジメとした雨の気配をあまり感じない気候だったからか気が付かなかった。
もう今年も半分すぎるのか…。
そんなことをぼんやりと考えていると、廊下の向こうから姉が大声で呼んでいる。
 
 
ふみ「何だよまったく…」
 
 
仕方なく急ぎ足で声のする方へと向かった。
声の出所は風呂場で、そこで花瓶と花と姉は何やら格闘中だった。
 
 
ふみ「何?」
 
あかり「ふみ、助けて!花瓶が倒れちゃうの!!」
 
ふみ「は?」
 
 
俺は姉の手元を見て呆れてしまった。
 
 
ふみ「ねぇちゃん、その花、その花瓶に活けようとしてんの?」
 
あかり「そう!だってこの花瓶が一番可愛いんだもん」
 
ふみ「好みの前にバランス考えたら?」
 
あかり「バランス??」
 
ふみ「そんな頭でっかちな花、そんな細長い花瓶に入れたら倒れるの当たり前だろ」
 
あかり「あ、そっか!ふみ頭良いね!!」
 
ふみ「…いえ、別に…」
 
 
俺の返事を聞いていたのかいないのか、姉は花束を俺に押し付けて違う花瓶を探しに行ってしまった。
腕の中の花を何とはなしに眺める。
まだ真っ白な花弁が、これから様々に色付くのだろう。
青になって、紫になって、赤になって…。
 
 
あかり「お待たせ!これなら良いよね!」
 
ふみ「あ、ああ」
 
 
声に振り返ると、口が広くて幅のある大きな花瓶を抱えた姉が立っていた。
 
 
ふみ「でもねぇちゃん、それに活けるならここじゃなく花瓶置くところでやった方がいいぞ」
 
あかり「何で?」
 
ふみ「これに水入れて、花入れたらかなり重いだろ?どうやって運ぶんだよ?」
 
あかり「二人で運べばいいでしょ」
 
ふみ「力加減が違うんだからバランス崩して落としたらどうすんだよ。無理だって」
 
あかり「じゃあふみが運んで」
 
ふみ「嫌です」
 
あかり「何でよ!男の子でしょ?!」
 
ふみ「性別なんて関係ないだろ!」
 
あかり「もー、しょうがないな」
 
ふみ「しょうがないって?!俺が悪いのかよ!」
 
 
姉はブツブツ言いながら玄関の靴箱の上に花瓶を置いた。
そこに水差しで水を注ぎ、花を活ける。
 
 
あかり「できたッ!ん〜綺麗だね!!」
 
ふみ「ええ、そうですね」
 
 
俺は取り敢えず相槌を打って、そそくさと居間に戻った。
読みかけの雑誌を読もうと腰を下ろすと、姉も居間にやって来た。
そして目の前に座って何かを差し出す。
 
 
あかり「ねえふみ、これ何て読むの?」
 
ふみ「どれ?」
 
あかり「これ」
 
 
ふみ「………はい??」
 
 
俺は差し出されたシールを手元に引き寄せ、姉の顔と何度も見比べる。
 
 
ふみ「ねぇちゃん…まさかこれ読めないの…?」
 
あかり「うん。お花買ったお店の名前なんだけど、何?むらさき…ひ・・・はな??」
 
ふみ「…ねぇちゃん、それ本気か…」
 
あかり「え、いや〜、それはさすがにお店の名前としてどうかな〜とは思ったんだけど」
 
 
あはは、と笑う姉の姿に呆れを通り越して愕然としてしまった。
手元にあるのは、花束の包装紙を留めていた店名入りのシールらしい。
そこには漢字が三文字並んでいた。
 
 
ふみ「因みに聞くけど、ねぇちゃん、自分で買ってきた花の名前は知ってるよな?」
 
あかり「知ってるよ!アジサイでしょ!馬鹿にしすぎだよ、ふみ!!」
 
ふみ「…じゃあ、アジサイって漢字で書けるか?」
 
あかり「え?…アジサイってカタカナじゃないの??」
 
ふみ「漢字表記があります」
 
あかり「うそ?!」
 
ふみ「知らないのかよ…マジかよこの人………」
 
あかり「ふ、普通知らないよ!そういうふみこそ知ってるの!」
 
 
俺は肩を落としたまま説明する。
 
 
ふみ「…普通は知ってるよ。
因みに、この店の名前はアジサイって読むんだよ。紫・陽・花でアジサイ」
 
あかり「え?う、うそ??」
 
ふみ「こんなことで嘘ついてどうすんだよ…」
 
あかり「へ〜そうなんだ。アジサイってこう書くんだぁ、知らなかった〜」
 
 
『ふみ偉いね〜、物知りだね〜』と感心しきっている姉の将来を不安に思う俺は間違っていないと思う。
多少抜けていても良いけれど、取り敢えず人並みの知識は持っていて頂きたいものだ…。
 
知りたかったことを知って満足したのか『部屋に行くから』と鞄と上着を手に姉が居間を出て行こうとする。
俺は雑誌を開きながら聞こえていなくてもいいという程度の声で何気なく声をかけた。
 
 
ふみ「ねぇちゃん、ついでだからアジサイについてもうひとつ教えといてやろうか?」
 
あかり「え、何??」
 
 
俺は雑誌に向けた視線を上げてはいなかったが、姉が振り返ったのが分かった。
そしてそのままの顔を上げずに話し始める。
 
 
ふみ「アジサイ、人にはプレゼントしない方が良いぞ。特に好きな人とか恋人とかできたら」
 
あかり「ええ、何で??」
 
ふみ「アジサイの花言葉、知ってる?」
 
あかり「え、知らないけど…良くない花言葉?」
 
ふみ「まあ、良くはないだろうな“浮気・移り気”」
 
あかり「う、浮気??」
 
ふみ「そう。花の色が変わるから、人の心変わりと例えられてるらしい」
 
あかり「へ、へぇ………」
 
ふみ「恋人に贈ったりしたら浮気宣言になっちまうからな、気を付けろよ」
 
あかり「…そ、そうなんだ………      」
 
 
ふみ「え?」
 
 
姉の呟きを聞き違えたかと顔を上げると、既にそこには姉の姿はなくなっていた。
パタパタと階段を駆け上がる足音が廊下に響いている。
 
 
 『ふみからは絶対欲しくないな』
 
 
都合の良い聞き間違いかもしれない言葉を思い返して、俺は思わず頬が熱くなった。
 
 
ふみ「…俺がねぇちゃんにやるわけないだろ…まったく…」
 
 
俺が贈るなら紫陽花なんてありえない。
精々、向日葵の花を両手一杯贈るくらいだ。
 
 
ふみ「ま、頼まれても贈らないけど…意味なんてわかりっこないしな…」
 
 
俺は頭を振ってしょうもない思考を振り払い、雑誌に視線を戻す。
その時、壁に掛かった振り子時計が5つ鐘を鳴らした。
 
 
 
―――その日の晩。
 
東吾「白いアジサイも綺麗なものだね」
 
 
帰宅したばかりの父が、玄関に飾られたアジサイを眺めながら居間で寛いでいた俺達にそう言った。
 
 
あかり「きっともうすぐピンクになるんだよね〜」
 
ふみ「青かもしれないだろ」
 
あかり「えー、ピンクがいい!」
 
ふみ「ねぇちゃんの希望に添って色が変わるわけないだろ!」
 
 
父の発言からアジサイの今後の色について姉と言い争っていると、父が断言する。
 
 
東吾「あかり、ふみ。これはずっと白いままだよ」
 
 
あかり「え?」
 
ふみ「はぁ?」
 
 
東吾「だからね、このアジサイはずっと白いままなんだよ」
 
あかり
&ふみ
「「うそぉ?!」」
 
東吾「本当だよ。色を変える為には土の栄養分が必要なんだ。アジサイの切花を花瓶に刺しても自然に色は変わらないんだ」
 
あかり「そうなんだ、知らなかった」
 
ふみ「そう言えばそうだった・・・」
 
東吾「あはは。今日は二人ともひとつ賢くなったね」
 
 
父は嬉しそうにそう言って、すぐに夕食の支度をするからとその場を立ち去った。
 
 
あかり「ねえ、ふみ」
 
ふみ「…何?」
 
 
父の背中を目で追いながら姉がそっと呟いた。
 
 
あかり「このアジサイは浮気しないんだね」
 
ふみ「は?」
 
あかり「一筋なんだね。ずっと…」
 
ふみ「…ね、ねぇちゃ………」
 
 
あかり「お父さ〜ん!私手伝う〜!」
 
 
姉は言いたいことだけ言って居間から走り去ってしまった。
 
走り去った彼女の耳が仄かに赤くなっていたことは、見間違いだったことにする。
俺の耳が熱いのも…気のせいだ………と思うことにした。
 
 
END. 
 
 
 
あじさい お・ま・け <風紀会議室にて>
 
 
あかり「ねえ匣くん、アジサイって漢字で書ける?」
 
「は?何急に」
 
あかり「だから、アジサイって漢字。普通は知ってるって昨日ふみに言われたの」
 
「書けるでしょ、普通は」
 
あかり「うそ?!」
 
内沼「なになに?どうしたの西村?」
 
あかり「内沼先輩も書けますか、アジサイっていう漢字?」
 
内沼「アジサイ?えっと…確か三文字だよね…」
 
あかり「はい」
 
 
内沼「蛙・餌・柴だっけ??」
 
 
あかり
&匣
「「…えっ??」」
 
 
乃凪「お、おい、内沼…それ何て読むんだよ…」
 
内沼「え?ノリちゃん読めないの??アジサイだよ、あ・じ・さい」
 
あかり「それは…」
 
「西村さん、聞く人間違ってるよ…」
 
乃凪「ある意味天才だよ、お前…」
 
内沼「ノリちゃんに誉められても嬉しくないよ。ね、西村当たってるでしょ??」
 
あかり「い、いえあのぉ…」
 
「…誉めるられるとすれば、柴って字と紫って字が似てるとこくらいで…」
 
乃凪「…あとは蛙って字を“あ”って読む知識だよな…普通知らないって…」
 
内沼「何?二人ともイヤ〜な感じなんだけど!」
 
乃凪「間違ってるんだよ、その漢字!」
 
内沼「ウソ。ノリちゃん、俺を騙そうとしてるでしょ?!」
 
乃凪「こんなことで、お前騙してどうすんだよ!!」
 
「…当て字にしても、どうして花のイメージとは程遠い漢字を選ぶんだろう…」
 
あかり「でも三文字だし、惜しいよね?」
 
「西村さん、それ慰めにならないよ」
 
内沼「西村優しい〜!この二人とは大違いだね!!」
 
あかり「えっと…」
 
「………」
 
乃凪「それ以上後輩を困らすなって。アジサイって正しい漢字は」
 
 
沢登「諸君、いい子にしていたかね?」
 
 
乃凪「なんてタイミングで戻ってくるんだこいつは…」
 
「話がややこしくなる予感が…」
 
乃凪「同意見だ」
 
 
内沼「ちょっと沢登、アジサイって漢字書ける?」
 
沢登「なんだね出会い頭に、唐突に」
 
あかり「今アジサイって漢字を書けるかっていう話をしていて」
 
沢登「アジサイ?何だね君達、揃いも揃ってアジサイという漢字ごときにてこずっていたと」
 
乃凪「その話題は終わりかけ」
 
沢登「しょうがないな。僕が直々に教えてあげよう!」
 
 
乃凪「無視なんだな…」
 
「…いつものことです」
 
乃凪「え??」
 
 
沢登「味・菜。こうだ」
 
 
全員『ぇえ??』
 
 
内沼「沢登、アジサイの漢字は三文字!」
 
乃凪「少しでも期待した俺が馬鹿だった…」
 
「この期に及んで委員長に期待なんてしてたんですか、乃凪先輩?」
 
乃凪「お前、段々性格キツクなってないか…」
 
「不可抗力で強くなってるんです(この環境に)」
 
乃凪「………そうか」
 
あかり「な、何だか美味しそうな漢字ですね」
 
内沼「あ、確かに」
 
乃凪&
「「え………」」
 
 
沢登「何だね君達知らないのかい?アジサイは美味だ」
 
全員『ぇええ?!』
 
 
内沼「いやー!沢登アジサイ食べてるの?!」
 
「い、委員長…」
 
あかり「アジサイって食用もあるの??」
 
「少なくとも俺は聞いたことないよ…」
 
乃凪「新芽を食用にってのは聞いたことはあるけど…」
 
内沼「何でそんなこと知ってるの?ノリちゃんもアジサイ食べてるの?!」
 
乃凪「俺は食ってない!」
 
あかり「ホントに食べられるんですか??」
 
乃凪「い、いや、本当かどうかは…」
 
「それに委員長の場合、食用かどうか以前の問題のような…」
 
 
沢登「君達さっきから何だね!自分達の無知を棚上げにして失礼千番!!」
 
内沼「お前がアジサイ食べるとか言うからだろ!!」
 
沢登「美味しいものを食して何が悪い!美しい花が更に美味しい!これぞ正しく一石二鳥!」
 
乃凪「それ、何か違う気が…」
 
沢登「美しく花開いたところをブツリともぎ取って、さっと湯通しして、練乳をたっぷりかけて」
 
内沼&
乃凪
「「何だよそれ?!」」
 
沢登「ん?そうか!今はアジサイが旬の6月?!正に食べ頃」
 
内沼「な、何する気だよ…」
 
乃凪「嫌な予感が…」
 
沢登「今日は解散だ!僕はアジサイ狩りの旅に出る!ごきげんよう諸君!!」
 
内沼「沢登っ?!」
 
乃凪「ウチの学校の校庭って、アジサイ咲き乱れてなかったか………」
 
内沼「ヤバイよ、ノリちゃん…」
 
乃凪「止めないと…」
 
内沼&
乃凪
「「沢登待て早まるなぁーーー!!!」」
 
 
あかり「行っちゃった………」
 
「結局ウチの委員会って、委員長に振り回されるのが一番の仕事なんだろうね…」
 
あかり「あははは…。結局アジサイの漢字勘違いしたままだしね」
 
「委員長と内沼先輩がアジサイを漢字で書けなくても俺には関係ないけどね」
 
あかり「匣くん…」
 
「じゃ、俺は部活に行くけど」
 
あかり「あ、じゃあ、私は帰る!戸締りして行かないと」
 
「…西村さんは、西村くんっていう弟さんがいて良かったね」
 
あかり「え、何??」
 
「………別に、聞こえてなかったのならいいよ」
 
あかり「そ、そうなの??」
 
「ああ。それじゃ」
 
あかり「あ、うん。それじゃあね〜」
 
 
END. 
author 瀧河蓮
 


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