ふみ | 「はぁ……」 | |
あかり | 「……?」 | |
春の追い出され祭 19 | ||
ふみ | 「……最近あんまり話してなかったのは、ただ部活で疲れてたから。 お菓子のことは、土師先生が教師を辞めるから餞別にクッキー作ろうとしてて、 辞めるって話をねぇちゃんにするのはまだ早いかなって思って隠してた。 京田先輩は……ただ世間話してただけだよ」 | |
言い終わると、ふみは照れたように頭をかいた。 | ||
ふみ | 「それだけだよ! 隠すほどのことでもないから言ったけどさ!」 | |
あかり | 「ひっく……う゛ぅ゛……」 | |
ふみ | 「泣くなっつーの! なんでちょっと隠し事しただけで泣くんだよ……」 | |
あかり | 「だってぇ゛……」 | |
ふみ | 「ほら、ティッシュ。鼻水たれてるから」 | |
あかり | 「ううぅ……」 | |
ふみ | 「ああもう、ほらかんで!」 | |
ふみから手渡されたティッシュで鼻をかむ。 | ||
強くかみすぎて、鼻が痛くなった。 | ||
きっと、赤くなっているはず。 | ||
ふみ | 「で、何を一人で悩んで泣くまでに至ったの?」 | |
あかり | 「わかんない……」 | |
ふみ | 「はぁ、わかんないんですか……」 | |
あかり | 「だって、昔はいっつも私の後ろをついてきて、あんなに可愛かったのに……」 | |
ふみ | 「それは親の心境か」 | |
あかり | 「いつの間にか私より身長は高くなるし……」 | |
ふみ | 「それは俺の所為じゃないだろ」 | |
あかり | 「あの頃は良かったなぁ……」 | |
ふみ | 「いつ? どの頃の俺に思いをはせてるの?」 | |
あかり | 「……ふみがやっと、私やお父さんと話し始めるようになった頃?」 | |
ふみ | 「そんなに前?」 | |
あかり | 「そーだよ。あの頃のふみは男らしかったよ。 花瓶わっても、『割ったよ、悪いの?』みたいな態度で」 | |
ふみ | 「それって男らしい?」 | |
あかり | 「それに『あかりがいきおくれたら、俺がもらってやる』とも言ってた」 | |
ふみ | 「それは……馬鹿だな」 | |
あかり | 「かわいいじゃない」 | |
ふみ | 「かわいいっていうか……そんな内沼先輩みたいなこと言ったんだ? 俺」 | |
あかり | 「うん。覚えてないの?」 | |
ふみ | 「覚えてないな」 | |
あかり | 「えー! 酷いよ!」 | |
ふみ | 「な、何が酷いんだよ」 | |
あかり | 「私がいきおくれたら、誰が私の面倒見るの!?」 | |
ふみ | 「誰だよ」 | |
あかり | 「ふみ」 | |
ふみ | 「うわぁ」 | |
あかり | 「男が一度言ったことを覆すの?!」 | |
ふみ | 「俺にねぇちゃんを貰えと?! もう姉弟以前に嫌だ!」 | |
あかり | 「何で!?」 | |
ふみ | 「ねぇちゃん何にも出来ないじゃん!!」 | |
あかり | 「出来ればいいの!?」 | |
ふみ | 「出来んの?」 | |
あかり | 「出来ない……」 | |
ふみ | 「…………」 | |
あかり | 「で、でも! 頑張れば……」 | |
ふみ | 「……はぁ、あほらしい。きっと、いい人見つかるよ。見つかる見つかる」 | |
あかり | 「じゃあ見つからなかったら?」 | |
ふみ | 「なに?」 | |
あかり | 「見つからなかったときはどうしてくれるの?」 | |
ふみ | 「それは俺の所為じゃない。ねぇちゃんの努力が足りなかっただけで」 | |
あかり | 「無理。見つからない」 | |
ふみ | 「だから、それは俺の所為じゃ……」 | |
あかり | 「…………」 | |
ふみ | 「……おねぇさま?」 | |
あかり | 「ふみは私のことが嫌い?」 | |
ふみ | 「……なんですって?」 | |
あかり | 「好き? 嫌い?」 | |
ふみ | 「そんな急な」 | |
あかり | 「答えてよ」 | |
ふみ | 「前提条件は? 何を前提にして?」 | |
あかり | 「そんなのどうでもいいの! 好きなの嫌いなの!?」 | |
ふみ | 「…………」 | |
あかり | 「…………」 | |
ふみ | 「…………」 | |
あかり | 「ふみ」 | |
ふみ | 「……ですよ」 | |
あかり | 「なに、聞こえないよ」 | |
ふみ | 「好きですよああ好きですよ!! これで満足かッ!!?」 | |
あかり | 「情緒が……」 | |
ふみ | 「弟に情緒もとめんな馬鹿ッ!」 | |
近所でも有名なほど利発そうだった私は、 | ||
いつの間にかぼんやりした子になり、 | ||
手に負えないほどの悪がきだったふみは、 | ||
いつの間にかしっかりした子になった。 | ||
あかり | 「ふみ」 | |
ふみ | 「なんだよッ!!」 | |
あかり | 「私もふみが大好きだよ」 | |
なんだが現状は、ふみが望む環境になったというよりは、 | ||
ふみに迷惑をかける環境になってしまったように感じる。 | ||
ふみ | 「…………はぁ」 | |
あかり | 「ん? どうしたの? なんか疲れてる?」 | |
ふみ | 「なんでもございません、疲れてなんかいません……」 | |
でも、ふみの一言が原因なのだから、これくらい許して欲しい。 | ||
あかり | 「ずっと一緒だよね、ふみ」 | |
ふみ | 「ああ、はいはい」 | |
あかり | 「本当?」 | |
ふみ | 「はいはいはいはい、死ぬまで一緒ですよー、ずっと一緒にいますよー」 | |
あかり | 「うん!」 | |
『ずっと一緒』と言ってくれたときの彼の本心は、私にはわからない。 | ||
もしかしたら本気で言ってくれたのかも知れないし、 | ||
ただの冗談だったのかもしれない。 | ||
けど、 | ||
あかり | 「今日の夕飯なにかなぁ?」 | |
ふみ | 「魚以外がいいな、俺」 | |
あかり | 「魚がいいな、私」 | |
ふみ | 「ほんっと魚好きだよな、ねぇちゃんは」 | |
私に笑いかけてくれる、その笑顔だけは本物だとわかっているから。 | ||
これからもよろしくお願いしますね? 私の大切なふみくん。 | ||
END. | ||
あかり | 「…………」 | |
ふみ | 「なんだよ、急に黙り込んで」 | |
あかり | 「えーと……さっき軽く流しちゃったけど、土師先生って学校辞めるの?」 | |
ふみ | 「ああ、学校辞めるってより、教師を辞めるって話だけどな。 奥さんの静養のために、山の方に引っ越すって話だから……」 | |
あかり | 「ええ?!」 | |